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    酒は風土が育むという。世界の5大ウイスキー産地と呼ばれるアイルランド、スコットランド、アメリカ、カナダ、そして日本もそうだ。大地が生み出した麦、清冽な水、或いは寒暖差の大きな気候がウイスキーを生み、樽のなかで磨き上げるのだ。
    福島県安積平野。安積疏水の流れるこの地に、東北唯一の地ウイスキーを造る「安積蒸溜所」はある。それは、1946年(昭和21)にウイスキー免許を取得した山桜酒造にはじまる。酒蔵としての歴史は300年を超え、猪苗代湖の南に創業した1710年(宝永7)にさかのぼる。1765年(明和2)郡山に移り、磐梯颪の寒風にさらされた銘酒の醸造を続けたが、戦後の米不足から困難を極めることに。これに欧米文化の流入があいまって、ウイスキー造りに取り組むことになったのだ。
ウイスキーを磨く風土
苦難の時代を糧に
    戦後の混乱を経て、高度成長期にウイスキーの時代がやってくる。1980年代、「北のチェリー、東の東亜、西のマルス」と呼ばれ、笹の川酒造が送り出したチェリーウイスキーも北の雄として人気を得た。しかし、世は移り嗜好の変化とともにウイスキー不遇の時代が訪れる。やがてウイスキーを詰めた熟成樽は蔵の奥で眠ることになった。
    その頃、他社の地ウイスキーも苦境にあえぎ続けていた。2003年(平成15)、東の東亜も暖簾を下ろすこととなり、紆余曲折の末、羽生の同社蒸溜所にあった原酒樽を笹の川で預かることとなった。この樽こそ、イチローズモルトとして、カルト的な人気を博すベンチャーウイスキーへとつながるとは誰が予想しただろう。
    ただ言えるのは、一朝一夕にウイスキーを造ることはできない、そして原酒の一雫さえ、愛おしんだ造り手の思いは消えなかったということだ。その思いは年月を経てなお強い意志を秘め、琥珀色の液体となって人々にいっときの幸福を届けてくれた。
    樽のなかで熟成を重ねる原酒が少しずつ量を減らすのを「天使の分け前」と呼ぶ。2014年(平成26)、蔵で眠っていた笹の川酒造のウイスキーもまた、静かな眠りから目をさまし、“YAMAZAKURA”としてリリース。忘れかけた時間のなかで、十分に天使に分け前を与えながら、それはたくましく時を紡いでいた。そして、新たに瓶詰めされた“YAMAZAKURA”は、想像以上の人気となって多くに皆様に迎え入れていただいた。
遥かな時のかなたへ
    2016年(平成28)冬、創業の地から移築された伝統的な土蔵建築の蔵を「安積蒸溜所」として始動。白い漆喰の壁に囲まれた蒸溜所内には、ポットスチルやマッシュタンなどの設備が整った。気候、蒸溜所内の環境、ポットスチルの形状、熟成樽の違いなどが、千差万別の香りや味わいを生み出し、「安積蒸溜所」の個性を決めていく。けっして数多くは造れないウイスキーだからこそ、その個性を楽しんでいただきたいと願っている。
    ジャパニーズウイスキーは空前のウイスキーブームに沸く欧米で、近年、注目を浴びている。多くのファンの方々のお陰をもって、「安積蒸溜所」がリリースするボトルも例に漏れない。だが、ブームが落ち着いた時ためされるのは、ウイスキー造りへの情熱であり、生まれ育つ風土への愛情なのだと信じている。杜氏が丹精込めて仕込む清酒と同じく、真摯にウイスキーと向き合いたい。10年、20年、果てない時のかなたを見つめながら。
安積疏水の恵みとともに
    安積平野は古来一度も耕されたことのない原野でした。明治となり、県令・安場保和と典事・中條政恒は、この水の便に恵まれない地を開墾するために尽力しました。その中條の熱意ある説得により郡山の商人25人が事業に着手し、明治6年に「開成社」を興しました。明治12年の記録に「創業六年一毛の収納なし」とあるほどの苦労は大正時代まで続きました。その努力の結果、25人は明治9年に天皇巡幸のおり拝謁を許されました。中條はその下検分に来た当時の内務卿・大久保利通に水路建設を進言、猪苗代湖からトンネルを掘って水路を作り安積原野へ水を導く計画が認められ、1879年(明治12)、国家事業として正式に着工。オランダ人技師ファン・ドールンの監修のもと、近代土木技術が我が国で初めて疏水の設計に導入され、わずか5年という短期間で疎水は通水しました。その後、日本で2番目の水力発電所が建設されるなど、郡山はさらなる発展を遂げて現在に至ります。
    開成社創立25人の内の一人が現在の当主の曽祖父にあたります。未来の郡山の発展を夢見た開成社の創立者達。その夢は未来のためのウイスキー造りとして現在につながれています。開成社は明治11年に「我々は見る事はないかもしれないが未来の子孫のために」と貯水池の土手に桜の木を植樹しました。その桜は現存する日本最古のソメイヨシノである事が判明しています。
    安積疏水は2016年4月、『未来を拓いた「一本の水路」~大久保利通“最期の夢”と開拓者の軌跡 郡山・猪苗代~』の名称で日本遺産に登録されました。
風が吹いている。
冬を迎える時分になると
吹きすさぶ寒風。
ウイスキーにも磐梯颪は
目に見えない力を与えているようだ。
一滴一滴をのこさず熟成樽に詰め、
安積平野という独自の風土で
時を重ねている。
私たちのウイスキーは、
風の音を聞き、
ほの暗い蔵で寒暖差に身を縮め、
やがて世に出る目ざめの時を待っている。
風がもたらす個性こそ、
きっと「安積蒸溜所」の
個性そのものなのだろう。